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2011年6月7日火曜日

累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第38号)

論点、争点、キーポイント(結審に向けて 9) 

思想・良心の自由(憲法19条)の枠を突破しよう
~最高裁5/30第二小法廷・6/6第一小法廷 不当判決批判~



両小法廷、職務命令合憲判断

 どうやら見えてきた。最高裁は、少なくとも各小法廷において「日の丸・君が代」訴訟を思想・良心の自由問題の枠に押し込め「10・23通達」下の職務命令は憲法19条違反にならないという多数意見判決を出すようだ。上図に示したように、両判決とも職務命令による起立斉唱行為は「一般的、客観的に見て」「慣例上の儀礼的な所作」であり「直ちに制約する」(直接の侵害)ものではない。「間接的な制約」は認められるが、外部行為(不起立・不斉唱)の制限は「秩序を確保」し「円滑な進行」ためには間接的な制約を許容し得る程度である。なお、第二小法廷は「信条の制約」も「間接的な制約の有無に包摂される」として許容されるとする。全く不当な判決である。

教育の自由、判断せず

 ただ根本的な問題は、上図にもあるように中枠の左右を分離し、右枠の「儀式」の場面での思想・良心の自由問題だけを検討対象としていることである。卒業式・入学式・周年行事などは授業をはじめとする教科指導、生活指導と一体のものである。まして、「日の丸・君が代」という厳しい対立をはらんだ問題、児童・生徒・教職員の全人格の成長・形成をかけた学習の自由、教授の自由の課題が突出するのが「儀式的行事」である。判決も「儀式的行事」を「生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい」ものとする必要を述べながら、この場面での「直接の人格的接触を通じて個性ある成長をはかる」ことを忘れ、ひたすら全体の「秩序」「円滑」を主張するのみ。壮大な誤認が生じている。19条では包摂できないのである。

金築「補足意見」

 第一小法廷判決では金築「補足意見」と宮川「反対意見」が提示された。前者は「本人の主観的判断」とか「教職員であって、・・職務命令に従って学校行事を含む教育活動に従事する義務を負っている者」として、不当にも、強制を容認し職務命令の合憲性を述べている。一方で「児童・生徒に対し・・起立斉唱行為を強制」したり「教育環境の悪化を招くなどした場合」への警告を示しているが、事実上それが現実であることの認識はない。

宮川「反対意見」とその限界

 後者「反対意見」は明快だ。起立斉唱の強制が「少数者の思想・良心の核心に対する侵害」「魂というべき教育上の信念を否定することになる」として「10・23通達」が「信念を有する教職員を念頭に置き・・不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制する」、職務命令が「信念に対し否定的評価をしている」として諸事情の検討も含め原審に差し戻すことを主張している。少数者を狙い撃ちにするようなことは許されないという全く当然の見解である。
 ところが上図にもあるように、宮川裁判官は「式典」を「生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面」としている。そのため、「不起立不斉唱行為が上告人らの思想及び良心の核心と少なくとも密接に関連する真摯なもの」であることは「おおむね疑問はない」としながら、その教育実践的意味、不起立不斉唱行為が生徒に与える積極的な意義については思い及ばない。不起立不斉唱を実行した教員に対し、生徒が“やっぱり先生は私達に言ってきたことを貫いたんだね”と評価したり、保護者から励まされることは教育的社会的意味をなさないだろうか。逆に心ならずも強制に従った時の教育的良心へのダメージは計り知れない。宮川「反対意見」は具体的に「受付を担当させる等、会場の外における役割を与え、不起立不斉唱行為を回避させること」を提示している。確かに形式的にはその教員に対する直接の思想・良心の侵害を回避し処分を免れるかもしれないが、会場内では、粛々と強制が貫徹進行するのである。このような措置は、教員を生徒との「直接の人格的接触」の場から引き離し、排除することにもつながるのである。「式典」「ピアノ伴奏」もまた全体として児童・生徒への直接指導の場面である。
 第一小法廷は、教育の自由(23・26条)については取り上げない判断を下したという。しかし、「日の丸・君が代」強制問題を全面的に検討し、憲法判断を勝ち取るにはこの点は抜かせない。私たちはプライベイトタイムにサッカー場で強制されたのではなく、教育公務員のまま職務専念義務が科されている校務遂行中にその校務の内容において強制されたのである。どんなに狭められた教授の自由でも、児童・生徒に正対した時その自由を発揮しなければならないと思う。私は“不起立・不斉唱を生徒に見せる”意味を裁判官に伝えたい。自由に考え行動すべし。自由はタダではないけれど。

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結審、迫る

前回口頭弁論(校長と近藤の証人尋問)の速記録が届いた。いくつか補足すべきところはあるが、基本的には主張を展開できているようだ。結審に向けて最終準備書面の作成に入りたい。

次回口頭弁論(結審)7/11(月)13:30~ 527号
最終準備書面の提出・原告本人の最終陳述