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2012年11月21日水曜日

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第126号)

「日の丸・君が代」処分(戒告から停職まで)累積加重処分取消裁判
皆さまの傍聴、ご支援に感謝します。
本日(11/20)高裁不当結審=>判決(2013.2.26)
本人(近藤)と副校長の証人採用せず
教育の自由侵害は闇の中へ


 都側は、自らの「控訴理由書」で副校長が現認と称して“起立・斉唱”を強要し、そのために卒業式が“紊乱”されたという。
 真実は何か。不起立・不斉唱を実行した本人と副校長の証人尋問を請求するのは道理にかなっている。裁量権問題ではなく、教育の自由侵害を明らかにするためである。
 しかし、都側は証人尋問を忌避し専ら国賠償について反論してきた。裁判所は審理を打ち切り、判決日を指定した。

教育の自由こそ憲法判断されるべき


 1・16最高裁判決以来、これまでの全ての裁量権逸脱濫用判決では、「10・23通達」・職務命令の合憲合法を判じた。あたかも、「日の丸・君が代」裁判の主要な側面が裁量権問題にあるかの如く、教育の自由についての憲法判断は封じ込められてきた。今こそこの歯止めを突破しなければならない。
 今後、高裁判決、さらには最高裁に向けて、皆さまと共に進んでいきたい。

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裁判所法
第十条 (大法廷及び小法廷の審判)
 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
一  当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)
二  前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三  憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

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今後の予定 報道

*土肥裁判 高裁 口頭弁論 12/6 14:30 第511号
*河原井・根津処分取消訴訟 地裁口頭弁論 12/6 15:30 第527号
*東京「君が代」裁判3次訴訟地裁口頭弁論 1/11 15:00 第527号
*「授業してたら処分」事件 地裁弁論 1/21 10:30 第527号
累積加重処分取消裁判 高裁判決 2/26 13:15 825号

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2012年11月17日土曜日

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第125号)

「日の丸・君が代」処分(戒告から停職まで)累積加重処分取消裁判
都政・国政の転換と「日の丸・君が代」強制を止める裁判闘争は一体!
「10・23通達」・職務命令こそ教育の自由侵害==>憲法判断を!!
*都教委は「10・23通達」を執行停止せよ!
「敬意の表明」は「天皇賛美」「国家忠誠」強制==>思想良心の自由侵害! 国際人権の侵害!!
*国旗・国歌義務化の憲法改悪反対! 裁量権の逸脱濫用==>全ての処分を取り消せ!!
*処分ではなく、学校現場の民主的運営を! 口頭弁論(証人申請実現へ)迫る!!


高裁第2回口頭弁論 11/20 10:30 825号
第2回口頭弁論の注目点
①    控訴人本人(近藤)と副校長の証人採用を認めるのかどうか。
②    審理を継続するのか、それとも結審か。
皆さまの傍聴をお願いします。

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教員は、卒業式で何を指導するのか


 教員は卒業式で何をどのように指導するのでしょうか。
 まず、最高裁判決宮川反対意見は式典を「生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面」(2012年1月16日)としています。これは根本的な誤認です。一方、多数意見は「全校生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典」と規定しています。上記でも述べましたように、卒業式は生徒にとっては複合的な学習の場であり、教員の指導は直接的であり、教員は自らの行為を示して指導するのです。卒業式は時として喜びや悲しみという感性をも伴ったものになる時、教員が生徒との直接の人格的接触を通じて指導するのです。教員としては当然職務専念義務が科せられています。傍観しているはずがありません。教員の職責は、価値の多元性を否定する圧力には従わないという不作為と価値の多元性を回復する作為義務であるとされています。
 また、学習指導要領の「国旗国歌条項」は、一律起立・斉唱を強制していません。それが法的意味をもつならば当然憲法・教育基本法に基づいています。少なくとも、各学校でどのように取り扱うかを協議し決める必要があります。その場合、生徒の状況や学校・地域の特色を考慮するのは当然です。テープを使用したり、個人の自由意思を尊重するのは合理的だと思います。

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裁判所法

第十条 (大法廷及び小法廷の審判)
 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
一  当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)
二  前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三  憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

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今後の予定 報道


累積加重処分取消裁判 高裁第2回口頭弁論 11/20 10:30 825号
*土肥裁判 高裁 口頭弁論 12/6 14:30 第511号
*河原井・根津処分取消訴訟 地裁口頭弁論 12/6 15:30 第527号
*東京「君が代」裁判3次訴訟地裁口頭弁論 1/11 15:00 第527号
*「授業してたら処分」事件 地裁弁論 1/21 10:30 第527号

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2012年11月11日日曜日

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第124号)

「日の丸・君が代」強制を止める東京都政の実現へ
裁判闘争と一体!!
「10・23通達」・職務命令こそ
教育の自由侵害==>憲法判断を!!

 「敬意の表明」は「天皇賛美」「国家忠誠」強制==>思想良心の自由侵害!
国際人権の侵害!!
 裁量権の逸脱濫用==>全ての処分を取り消せ!!


口頭弁論(証人申請実現)迫る!!
高裁第2回口頭弁論 11/20 10:30 825号
教育の自由侵害に憲法判断を請求します


 私は、本来は社会科の教員です。社会科の取りあげる教材は、論争的課題、複数の見解が出されている問題が多くあります。例えば、歴史的分野では、先のアジア太平洋戦争が「アジア解放戦争」だったのか「アジア侵略戦争」だったのか、「従軍慰安婦」の強制はあったのかなかったのか、古代史でも邪馬台国はどこにあったのか等です。これらは各個人の歴史観と深く関わる問題であり、一つの見解だけを教えることはできません。少なくとも複数の見解があることを提示しなければなりません。シンボルとしての国旗・国歌、その本体である国家とどう関わるのかは真理の問題ではなく、信念の問題として各個人の人格形成に関わる問題です。
 最高裁判決は、国旗・国歌に対して「敬意の表明」をすることはできないと考える者がいることを認めました。これを児童・生徒の学習、教員の教授の視点から見れば、判決が言うように「敬意の表明」を拒否する考えがあり拒否する者がいる事実を、正確に提示する必要があります。これが正しい教育の出発です。一律起立・斉唱だけが正しいとして、教員に強制し生徒に示すことは一方的な教化です。「10・23通達」は、学校教育への不当な介入です。
 私は、これまで全ての処分事案を併合して一括審理・判決を請求してきました。裁判所が公正な審理、判決を行うことを期待します。

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裁判所法
第十条 (大法廷及び小法廷の審判)
 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
一  当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)
二  前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三  憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

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今後の予定 報道

累積加重処分取消裁判 高裁第2回口頭弁論 11/20 10:30 825号
*土肥裁判 高裁 口頭弁論 12/6 14:30 第511号
*河原井・根津処分取消訴訟 地裁口頭弁論 12/6 15:30 第527号
*東京「君が代」裁判3次訴訟地裁口頭弁論 1/11 15:00 第527号
*「授業してたら処分」事件 地裁弁論 1/21 10:30 第527号

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2012年11月4日日曜日

「国旗(日の丸)・国歌(君が代)」は、なぜ、学校教育の場で問題とされるのか

『まなぶ2012・11』(労働大学出版センター発行)掲載
「国旗(日の丸)・国歌(君が代)」は、なぜ、
学校教育の場で問題とされるのか


2012/10/17
累積加重処分取消裁判 控訴人 近藤順一


 2003年、東京都教育委員会は「10・23通達」を発し、その後すべての都立学校において、校長より各教職員に対し、卒業式・入学式等において指定された席で日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するという内容の職務命令が出されるようになりました。
 通達直後の卒業式・入学式等では、多くの教職員が通達及び職務命令に違反したとして、懲戒処分や嘱託再雇用拒否等の不利益処分を受けました。その後も毎年、懲戒などの被処分者が出ています。私もその一人です。その後、被処分者である私を原告とし、処分者である東京都教育委員会を被告として東京地裁に訴えました。
 ここでは、学校教育の問題としての「日の丸・君が代」強制問題から、今日の教育のあり方について考えていきます。
 私の累積加重処分と処分取消訴訟の経過
 東京都教育委員会が2003年「10・23通達」を発出し、式典での一律起立・斉唱を実施して以来の経過を示す。


①    2007/3 卒業式で不起立・不斉唱・・戒告処分
②    2008/3 卒業式で不起立・不斉唱・・減給1月
③    2009/3 卒業式で不起立・不斉唱・・減給6月
④    2010/3 卒業式で不起立・不斉唱・・停職1月
原告:被処分者 近藤、被告:処分者 東京都教育委員会
2010.10.8 ①②③④について併合決定(東京地裁にて一括審理)
*2012年4/19地裁判決:「国旗(日の丸)・国歌(君が代)」一律起立斉唱は合憲合法により①是認、裁量権逸脱濫用により②③④を取り消す
*2012年10/15現在、双方が控訴し二審高裁にて審理中

一律起立斉唱以外の思考・行動はダメなのか

 まず、学校教育の問題として考えてみます。
 この問題は、数学の公式や“8時30分登校”等の生活ルールを守る問題とは異なります。「日の丸・君が代」は各個人の価値観、人格形成に直接関わる課題です。シンボル「日の丸・君が代」にはその本体である日本国があり、それ自体の歴史があります。学校教育において、内心を決定づける徳育内容の思考・行動を一つに限って教化してよいはずはありません。それよりも、多様な考えを出し合い、それぞれが自分の方向性を追求することが重要です。どうしても式典(入学式や卒業式等)に導入するのなら、「起立・斉唱」「不起立・斉唱」「起立・不斉唱」「不起立・不斉唱」もありにしなければなりません。そして、どの行為も尊重される必要があります。よく聞かれる疑問に、“反対教員こそ、子どもに自分たちの思想をおしつけているのではないか”というものがあります。“反体制の権力”なる考えからかもしれませんが、まったくの見当違いです。「日の丸・君が代」大好き者も、そうでない者も、受け入れられる必要があるのです。それが民主主義制度のグローバルスタンダードです。
 また、スポーツイベント等において多くの観衆が「君が代」を歌い「日の丸」を応援旗としていることをもって、“尊重合意”が決定づけられているという考えがありますが、オリンピック等では基本的に選手のプレーに対する激励です。まして、競技場における非強制下での事情と学校教育の強制現場を故意に混同してはいけません。さらに、企業の経営方針や議会の多数決で決定される「日の丸・君が代」の扱いと、学校教育が異なることも、さきの人格形成と関係します。
 一律起立・斉唱が強制されている卒業式・入学式等で、不起立・不斉唱・不伴奏がなかったとしたらどうでしょうか。このような意見の異なる問題が存在しているにもかかわらず、一律起立・斉唱という見かけ上の“清一色”では、教育実践の条件としては不十分です。「厳粛で清新な雰囲気」だけではなく、不起立・不斉唱・不伴奏は児童・生徒に対立・衝撃・葛藤を引き起こすかもしれませんが、子どもはすべての式参列者の言動と丸ごとの式場、学校すべてから学ぶのです。
 教師の「職責」は、「価値の多元性を否定する教育活動には関わらないという不作為義務と、価値の多元性を回復する教育活動を行うという作為義務の二つ」(藤田英典編『誰のための「教育再生」か』)であると言われています。不起立・不斉唱・不伴奏は教育の「本質的要請」から見ても「規律違反」「非違行為」ではなく、必要な教育的行為です。教職員にとっては、職務専念義務が科せられている中での原則的・抑制的・初歩的な校務遂行です。この問題が、教育界で突出していること自体が、社会の未来に関わる事柄であることを示しています。これまでの最高裁判決はそのことを如実に示しています。

最高裁判決は何を語っているか

 去年から今年にかけて最高裁判決がありました。
 「日の丸・君が代」に対する起立・斉唱は、「慣例上の儀礼的所作」であるから思想良心の自由・信教の自由を直接的に侵害しない、「敬意の表明」を拒否する者にとっては間接的な制約となるが、これも学校行事(儀式的行事)における必要性、合理性から容認される。ただ、秩序を乱さない不起立・不斉唱のみで減給以上の懲戒処分を科すことには「慎重な考慮」が必要である、というものです。
 最高裁は、一律・起立斉唱が「国旗国歌に対する敬意の表明」であることは認めました。1999年「国旗国歌法」を審議する国会で、「君が代」の「君」は天皇、「君が代」とは日本国、歌詞全体は日本国の「末永い繁栄と平和を祈念したもの」とされ、これが小渕内閣により政府見解となり今日まで変更されていない。そうすれば「敬意の表明」の核心は「天皇賛美と国家忠誠」とならないのか。学校教育の名の下に、公務員である教職員に何をさせようとしているのか。そして、子どもにどんな内容を身につけさせようとしているのか、透けて見えてきます。
 かつては「自存自衛」「アジア解放」が叫ばれ、いま「国益」「国際貢献」が国民的目標とされ、それらを貫く精神的支柱・動員の具として「日の丸・君が代」が浮上しています。もちろん、「天皇賛美」「国家忠誠」「国益」「国際貢献」などこそ議論の対象ではないだろうか。最高裁は憲法23条(学問の自由)、26条(教育を受ける権利及び義務教育)について独自に判断を示していないが、結局、教育のありかたに回帰するではないでしょうか。

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